万能コンビ Theresa Weld Blanchard Nathaniel Niles

テレサ・ウェルド・ブランチャード

ナザニエル・ナイルズ

全米フィギュアスケート選手権は1914年から始まった。テレサ・ウェルドは初代女王を戴冠し、ナザニエル・ナイルズとともに以後18年間トップに君臨した。ペア9連覇はペアのみならず全米選手権全種目を通じて最多連勝記録であり、女子シングル5連覇は歴代3位、優勝6回は歴代2位。種目別メダル獲得数ではナザニエルの9個は男子シングル歴代1位、テレサの10個は女子シングル歴代2位、ペア12個は勿論歴代最多記録。個人の金メダル獲得数を見ると、テレサは合計15個でマリベル・ヴィンソンと並んで全米1位、ナザニエルの12個は2人に続く3位で男子の最多記録。個人のメダル獲得数ではテレサ22個で最多記録、2位はナザニエルの21個でこれが男子最多記録。これはもう全米史上最高の選手と称しても過言ではないだろう。

男女シングルとペアのみならず、アイスダンスでも2人はトップクラスだった。(上記のメダル獲得数はダンスを除いている)

世界選手権と異なり、全米選手権は第1回から男女シングル、ペアとアイスダンスが行われていたが、始めはコンパルソリーダンスだけだった。14年はワルツのみ、20年に再開された時は2種目になり@ワルツAテン・ステップ、21年から@ワルツAフォーティーン・ステップ、29年はワルツ&オリジナルの複合、30年から@ワルツAオリジナル・ダンス、35年はワルツだけで、翌年から現在の内容になったらしい。(世界選手権にアイスダンスが加わるのは52年から) 2人は5個の金メダルと5個の銀メダルと3個の銅メダルを獲得している。競技の内容が今と違うとは言え、これほどの万能選手は希有であろう。

 まとめてみると、

 全米選手権は1914年に始まり、15〜17年と19年は開催されなかった。2人のペア、女子シングル男子シングル米ダンスの成績は

14年 全米2位 全米優勝 全米3位  ワルツ優勝
18年 全米優勝 全米2位 全米優勝
20年 全米優勝 全米優勝 全米2位、五輪6位 ワルツ優勝
21年 全米優勝 全米優勝 全米2位  ワルツ優勝、フォーティーン・ステップ優勝
22年 全米優勝 全米優勝 全米2位  ワルツ2位、フォーティーン・ステップ優勝
23年 全米優勝 全米優勝 ワルツ2位、フォーティーン・ステップ2位
24年 全米優勝 全米優勝、五輪4位 全米2位、五輪6位 ワルツ3位、フォーティーン・ステップ2位
25年 全米優勝 全米2位 全米優勝
26年 全米優勝 全米2位 全米2位
27年 全米優勝 全米3位 全米優勝
28年 全米2位、五輪9位、世界7位 五輪10位 五輪15位、世界10位
29年 全米2位 ダンス複合2位
30年 世界6位 オリジナルダンス3位
31年 オリジナルダンス優勝
32年 世界8位 オリジナルダンス3位

                             

 全米選手権の記録が3位までしかわからないので不完全なリストだが、それでも2人の強さはよくわかる。特に21年は圧巻! 5種目中4種目を制し、残る一つも銀メダル。

 さらに、全米選手権では5種目目として「Fours」という男女4人で滑る競技が24年から91年まで12回行われた。正規の競技というよりアトラクションのようなものだったらしいが、ちゃんとジャッジされてメダルも授与された。テレサは34年にスザンヌ・デイヴィス(34年全米優勝)、フレデリック・グッドリッジ(27〜28年全米2位)、リチャード・ハプグッドと組んで優勝している。4種目目の優勝である。

テレサの記録はこれだけではない。

20年にシングルで優勝した時の26歳は当時の最年長優勝記録だった。以後5連覇、ということは毎年自分の持つ最年長優勝記録を自ら更新したわけで、現在全米選手権女子シングル最年長優勝記録は1位から5位までテレサが独占している。なんともユニークな記録である。

残念ながら世界選手権女子シングルの出場は無く、国際大会は五輪のみ(24年のベアトリクス・ローランがアメリカ女子初の世界選手権出場)。20年アントワープ五輪でFS1位、最終3位。この銅メダルは、ヨーロッパ以外の選手が五輪フィギュアで獲得したメダルの第1号記録。

その20年五輪で、テレサはジャッジからジャンプを跳んだことをとがめられた。理由は「膝が見えた」。そういうことは女子にふさわしくない、というわけである。テレサは風下に向かって小さくサルコウを跳び、慎重に着氷した。初期の女子ジャンパーの境遇を物語る、これも今となってはユニークな記録である。この時、スカートを「膝下たった6インチ」まで短くしたことも大事件だった。

テレサもナザニエルも、アマチュアとして競技者として滑りつづけたことで賞賛されている。27年、テレサが33歳でシングル最後のメダルを獲得した時、2位のマリベル・ヴィンソンは14歳だった。ナザニエルが27年に優勝した時は40歳で全米選手権男子シングル最年長優勝記録歴代2位(1位は26年のクリス・クリスチャンセン51歳)。その後も挑戦し続けたことこそ、2人の最も偉大なところではないか。テレサの最年長優勝記録はあくなき挑戦の賜物だ。優勝戦線から無縁になっても2人は滑り続けた。

テレサ・ウェルドは1893年8月21日に生まれた。20年(日本スケート協会が結成され、箱根駅伝が始まり、アメリカでラジオ放送が始まった年)に結婚してブランチャード夫人になった。引退後、全米FS連盟機関誌を創刊し、競技の発展に協力した。76年にマリベル・ヴィンソンと共にアメリカフィギュア名誉の殿堂最初の女性になった。

ナザニエル・ナイルズは1886年生まれ。引退後はジャッジになり、さらに全米フィギュアスケート連盟の会長になって尽力し、78年にアメリカフィギュア名誉の殿堂に入った。

フィギュア王国アメリカの歴史の中で、国際舞台での活躍が銅メダル1個は目立つものではない。ディック・バットン、ペギー・フレミングを始め、もっと偉大な記録を残した選手はたくさんいる。しかし、永くトップに君臨し、競技者として滑り続け、引退後も競技の発展に尽くした2人への称賛と敬意を惜しむものはいない。全米FS連盟75周年記念メディアガイド(1995年)の表紙を飾ったのは24年のテレサ&ナザニエルの写真だった。

(02/1/31脱稿)


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